1年目を終えて感じたのは、
「このままではチームがもたないかもしれない」という不安でした。
外から見ているだけでは何も変わらない。
そう思い、2年目は立場を変えることにしました。
副会長として運営に入る決断
私は、執行部に入ることを決め、副会長になりました。
理由はシンプルです。
👉 外から何を言っても変わらない
👉 変えるなら中に入るしかない
実際に感じていたのは、
声が大きいのは当事者ではない人たちだということでした。
- 役員はやらない
- でも意見は強い
- 責任は持たない
こういう構図はどのチームでもあると思います。
だからこそ、
👉 「やる側」に回るしかないと判断しました。
体制の変化と“新しい力関係”
2年目は体制にも変化がありました。
- 監督は継続
- 育成会長は交代(前任の子どもが卒団)
ここから、監督と新しい育成会長による
👉 本格的な改革がスタートしました。
私は中心ではなく、サポート側として関わる立場でしたが、
中に入ったことで見えるものは大きく変わりました。
ボスママは「いなくならない」
1年目に感じていた“ボスママ的な存在”。
実は、以前の中心人物は
👉 前育成会長の奥さんでした。
では、その人がいなくなれば解決するのか。
答えはNOでした。
👉 新しいボスママは、また生まれる
しかも正直に言うと、
👉 前よりも影響力が強いと感じる場面もありました。
これは個人の問題というよりも、
構造の問題だと感じました。
- 情報を握る人
- 長く関わっている人
- 発言力が強い人
こういう人に影響力が集まりやすい環境だと、
誰がやっても同じことが起きます。
2年目は「改革のスタート」
1年目で見えた課題をもとに、
2年目は具体的な改善に動き出しました。
改革① お茶当番の廃止
まず着手したのが、お茶当番の廃止です。
以前は、
- 当番の保護者が子どもたちの水筒を確認
- 減っていれば補充
という形でした。
一見、親切な仕組みに見えますが、
これは親の負担が大きいだけでなく、
子どものためにもなっていないと感じました。
そこで方針を変えました。
👉 水分管理は「自分でやる」
最初は戸惑う子もいました。
「なくなったらどうするの?」という声もありました。
でも結果はどうだったか。
👉 みんな普通にできるようになりました。
当たり前のことですが、
やればできるんです。
むしろ思ったのは
👉 やってあげすぎていただけではないか?
水分補給は命に関わることです。
だからこそ、
👉 「自分で管理する」ことを教えるべき
だと考えました。
改革② アナウンスの廃止
次に問題になっていたのが、試合時のアナウンスです。
私たちの地域では、公式戦で自チームのアナウンスを行う慣習があり、
これを母親が交代で担当していました。
これも明らかに負担の一つでした。
ただし、この問題は単純ではありませんでした。
👉 他チームとの兼ね合いがある
そこで出した結論はシンプルです。
- 自チームはアナウンスをやめる
- 他チームはやりたければやる
つまり、
👉 「自分たちはやらない」という選択
理由も明確に伝えました。
👉 親の負担が大きく、団員確保に影響しているため
結果的に、反論はありましたが大きなトラブルにはならず、
自チームとしての方針を通すことができました。
改革③ スコアラーの見直し
次に手をつけたのがスコアラーです。
本来であれば完全に廃止、または外部化したい部分ですが、
すぐにそこまで変えるのは難しい状況でした。
そこでまずは一歩として
👉 母親ではなく父親に依頼する
という形にしました。
根本的な解決ではありませんが、
- 負担の偏りを減らす
- 「母親がやるもの」という固定観念を崩す
という意味では大きな一歩だったと思います。
中に入って分かったこと
実際に運営側に入って感じたのは、
👉 変えるのは簡単ではない
ということです。
- 今までのやり方がある
- それに慣れている人がいる
- 変化に不安を感じる人がいる
だからこそ、
一気に変えるのではなく
👉 少しずつ、でも確実に変える
ことが重要だと感じました。
まとめ|2年目で起きた変化
2年目は
- 「外から見る側」から「動かす側」へ変わった年
- 実際に負担軽減の取り組みを始めた年
- そして、組織の難しさを知った年
でした。
そして強く感じたのは
👉 人は変わらないが、仕組みは変えられるということ
個人に期待するのではなく、
仕組みで解決していくしかないと実感しました。
このあと3年目では、
👉 「改革の成果」と「新たな問題」
がはっきり出てきます。
ここからが一番リアルです。
つづきは、こちらの記事
学童野球の親の負担を減らす3年目|育成会長として「仕組み化」に踏み切った話(前編)

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