3年目の年末、チーム運営は順調に見えていました。
方針は明文化され、役割も整理され、無駄な負担も減っていた。これまで曖昧だったものが言語化され、「どう動けばいいのか」が誰でも分かる状態になっていました。
その結果として、目に見える変化も出てきました。
👉 団員が5人増えた
これまで「親の負担が大きそう」という理由で入団をためらっていた家庭が、少しずつ戻ってきたのです。
さらに印象的だったのは、既存の保護者からの反応でした。
「正直、かなり楽になりました」
「これなら続けられます」
これまで負担に感じていたお母さんたちから、直接感謝の言葉をもらうようになりました。
やってきたことは間違っていなかった。
仕組みで変えれば、ちゃんとチームは変わる。
そう実感できた瞬間でもありました。
だからこそ、このときは本気で思っていました。
👉 このままいけばチームは良い方向にすすむ
しかし、そのバランスは
👉 ある出来事をきっかけに一気に崩れ始めます。
知らない間に作られていたグループLINE
きっかけは、年明けのイベントについての打ち合わせでした。
気づいたときには、
👉 母親だけのグループLINEが作られていました。
これは実は、昨年まで存在していたものでした。
- スコアの担当決め
- アナウンスの割り振り
こういったことが、
👉 見えないところで決められていた場所です。
さらに問題だったのは、その決め方でした。
👉 実質的に“強制”で役割が割り振られていた
断りにくい空気の中で、
いつの間にか担当が決まっている。
そんな状況が当たり前になっていました。
そしてもう一つ大きな問題がありました。
👉 父親からは一切見えない
何がどう決まっているのか分からない。
誰がどんな負担をしているのかも見えない。
つまりこのグループLINEは、
👉 一部の人だけで運営が決まってしまう構造
を作ってしまっていたのです。
いわば、完全なブラックボックスでした。
一度は廃止した仕組み
このグループLINEは、2年目の段階で問題になっていました。
- 一部の人だけで話が進む
- やりたくない役割が半強制になる
- 情報が共有されない
実際に「これが嫌だ」という声もあり、
3年目には一度完全に廃止しました。
そして結果はどうだったか。
👉 何も問題は起きませんでした。
なぜなら、
👉 すべては育成会長のもとで決定する仕組みにしていたから
個人の判断ではなく、
団としての方針に基づいて決める。
それで十分回っていました。
さらに、単に廃止するだけでなく、
👉 新しい仕組みも用意しました。
- 事前に「やれること・やりたいこと」をヒアリング
- 一覧化して把握
- 必要なタイミングで育成会長から個別に依頼する
という形に変更しました。
ここで意識したのは、
👉 「やれる人が、やれる形で関わる」こと
そしてもう一つ大きく変えたのが、
👉 参加する人の範囲です。
これまでのように「母親だけ」に限定せず、
- 父親
- 兄弟
- 祖父母
👉 団に関わる人なら誰でも参加できる形にしました。
これによって、
- 負担の偏りが減る
- 関わり方の選択肢が増える
- 「やらされている感」がなくなる
結果として、
👉 自然と協力が集まる状態になっていきました。
勝手に変えられた「仕組み」
しかし今回、それが
👉 個人の判断で復活した
ということです。
しかも問題はそれだけではありませんでした。
👉 監督がその動きに同調した
正直、この時点で違和感は一気に強くなりました。
なぜ止まらなかったのか
背景にあったのは、シンプルな構図です。
👉 ボスママ=監督の奥さん
つまり
- 身内の関係性
- 忖度
- 圧力
こういったものが働いていた可能性は否定できません。
そしてここから
👉 暴走が始まりました。
作られていく「対立構造」
さらに状況は悪化します。
ボスママは、
👉 事実とは違う話も含めて、私への不満を広げていきました。
その結果、
- 一部の保護者が同調
- 小さなグループができる
完全に
👉 チーム内で分断が起き始めた状態でした。
このままではチームが壊れる
この時に感じたのは、
👉 このままいくと団が割れる
という危機感です。
- 方針よりも「やりたいこと」が優先される
- 声の大きい人の意見が通る
- 組織として機能しなくなる
これは、2年目までに解消してきた問題が
👉 再び戻ってきた状態でした。
「方針」で対抗するしかなかった
だからこそ、自分のやるべきことは明確でした。
👉 個人ではなく、方針で判断する
- 感情ではなくルール
- 個人の意見ではなく総意
これを基準に、運営を進める。
結果として
👉 明確な対立構造になりました。
さらに悪化した問題
そして、決定的だったのがこれです。
👉 私を通さずに話を進める動き
つまり
- 話を通すと止められる
- 反対される
だから
👉 最初から通さずにやってしまう
完全に組織として崩壊する一歩手前でした。
「注意するべきか」という葛藤
ここまでくると、
育成会長として対応しなければいけません。
ただ、ここで大きな葛藤がありました。
👉 親同士の対立は、子どもに影響する
もし強く注意した場合、
- 家庭内でトラブルになる可能性
- 子どもへの精神的な影響
これを無視することはできませんでした。
出した結論
悩んだ末に出した答えは、
👉 自分が退くことでした。
今回の問題は、
👉 私個人に対する不満・対立が発端
である部分が大きいと感じていました。
本来、私は育成会長として、
団内の意見を聞いたうえで判断していました。
- 一部の声だけで決めない
- 全体のバランスを見て判断する
- 方針に基づいて決定する
あくまで「個人の考え」ではなく、
👉 団としての総意をもとに動くことを意識していました。
しかし、いつの間にかそれが
👉 「あの人が決めている」
👉 「あの人のやり方だ」
という形にすり替わっていきました。
本来は仕組みで決めているはずのものが、
👉 個人の問題として捉えられてしまったのです。
こうなると、どれだけ正しい判断をしても
👉 個人への批判に変わってしまう
これはもう、仕組みの問題ではなく、
👉 人の問題になってしまいます。
ならば、
👉 自分がいなくなれば、一度リセットできるのではないか
そう考えました。
最後にやろうとしたこと
ただし、辞めるだけでは意味がありません。
重要なのは
👉 仕組みを残すこと
です。
- 方針に従うことの重要性
- 勝手な判断で動かないこと
- 何かやる場合は執行部の許可を得ること
これを改めて整理し、
👉 次の育成会長に引き継ぐことを決めました。
まとめ|3年目 中編
順調にみえた3年目の年末
- 見えないところから崩れ始めた時期
- 人間関係が表面化した時期
- そして組織としての限界が見えた時期
でした。
そして強く感じたのは
👉 仕組みがあっても、人で崩れることはあるという現実
このあとの後編では
👉 「退任後、チームはどうなったのか」
👉 「本当に正しい判断だったのか」
後編は、こちらの記事から
学童野球の運営はこうして立て直した|3年目の決断と新体制(後編)

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