3年目で、私は育成会長を退任しました。
チームは新体制へ移行し、
私は裏方としてサポートに回ることになりました。
ここまでの3年間で、
- 運営の課題を洗い出し
- 負担を減らし
- ルールと方針を整備し
- 組織としての形を作ってきました
では、その結果どうなったのか。
👉 4年目は、その“答え合わせ”の1年でした。
新体制のスタート
新しい育成会長のもと、チーム運営はスタートしました。
引き継いだのは、
- 明文化された方針
- 整理された役割と権限
- 年間スケジュール
- 負担軽減の仕組み
いわば、
👉 運営の土台はすでに完成している状態
あとは、それをどう運用するかでした。
結論|チームは安定した
結論から言うと、
👉 チーム運営は安定しました。
- 大きな混乱はない
- 無理な負担も発生しない
- 不満が爆発することもない
これまでと比べると、明らかに違いました。
👉 「普通に回る」状態になった
これは当たり前のようでいて、
実は一番難しいことです。
なぜうまくいったのか
理由は明確です。
👉 「人」ではなく「仕組み」で動いたから
新しい育成会長は、
- 方針に沿って判断する
- 個人の感情で動かない
- 権限の範囲を守る
これを徹底していました。
その結果、
👉 判断にブレがなくなり
👉 無駄な対立も減りました
ボスママはどうなったのか
気になるのはここだと思います。
👉 ボスママ的な存在はどうなったのか
結論は、
👉 「存在はするが、影響力は弱くなった」
です。
理由はシンプルで、
👉 仕組みの外では何も決められないから
- 勝手に決めても通らない
- ルール外の動きは止まる
- 決定は必ず執行部を通る
この状態では、
👉 声の大きさは意味を持たなくなります。
実際に起きた「最後の問題」
4年目、運営は安定していました。
しかし、それでも一度だけ問題が起きます。
本来は年間スケジュールにない内容で、
事前の承認も通っていないイベントを行おうとしたのです。
👉 「子どもたちのために」
👉 「やりたい人だけでやればいい」
という理由で、独自に話が進められました。
さらに、
👉 一部の保護者にだけ声をかけ
👉 既成事実を作ろうとする動き
もありました。
いわば、
👉 過去と同じやり方が再び始まった
という状況でした。
しかし、誰もついていかなかった
これまでであれば、
- 声の大きさに押される
- 周囲が空気で動く
- 気づけば決まっている
そうなっていました。
しかし今回は違いました。
👉 誰も動かなかった
声をかけられた保護者は、
- 「それは承認されていますか?」
- 「方針的に問題ないですか?」
と確認し、
👉 自分で判断して行動しませんでした。
結果として、
👉 話は自然に止まりました。
なぜ止まったのか
理由は一つです。
👉 方針が“理解されていた”から
- 勝手に決めない
- 執行部を通す
- ルールに従う
これが全体に浸透していました。
つまり、
👉 人ではなく基準で動く組織になっていた
ということです。
本当の意味での仕組み化
この出来事で確信しました。
👉 仕組みは作るだけでは意味がない
👉 理解されて初めて機能する
そしてもう一つ、
👉 仕組みがあれば、人に依存しない
👉 人が変わっても、同じ運用ができる
私の立場から見た変化
裏方として関わる中で感じたのは、
👉 「何もしなくても回る」という状態
以前は、
- 調整
- 説明
- トラブル対応
常に何かが発生していました。
しかし4年目は、
👉 問題が大きくならない
👉 自然に修正される
そんな状態でした。
そしてこれは、以降の団運営を担う、
育成会長の負担が減り、組織として安定する
自分たちが目指していた形でした。
4年間で出た結論
1年目:違和感に気づく
2年目:動き出す
3年目:仕組み化と衝突
4年目:安定と検証
この4年間で出た答えは一つです。
👉 学童野球の運営は「仕組み」で決まる
最後に
親の負担を減らすことも、
チームを安定させることも、
特別なことではありません。
👉 正しく設計すれば実現できる
ただしそのためには、
- 方針を決める
- ルールを作る
- 例外を作らない
これが必要です。
私たちの団は、かつて人数が少なく、
消滅の危機にありました。
今いるメンバーだけを見れば、
問題がないように感じるかもしれません。
しかし、
👉 数年後にどうなっているか
この視点がなければ、
組織は簡単に崩れてしまいます。
実際に、
👉 「自分たちの代がよければいい」
そうなってしまう場面も少なくありません。
ですがそれでは、
👉 次の世代に負担を先送りするだけ
になってしまいます。
だからこそ、
👉 “今”だけでなく、“次”を見据えて設計すること
これが、継続できるチームに必要な考え方だと感じました。

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